* 景福宮(キョンボックン>-ソウル鐘路区世鐘路にある李朝時代の正宮.
・所在地: ソウル市鐘路区世宗路1街
・営業時間: 03月~10月 09:00~18:00 / 11月~02月 09:00~7:00    
・休日: 火曜日、正月の初日
・行き方 :地下鉄3号線景福宮駅から下車5番出口

史跡第117号。易姓革命で李朝を立てた李成桂とその支持者たちは高麗の首都である開京から都を漢陽城に移して新都建設に着手すると同時に宮闕の造成も手かけた。1394年(太租3年)9月新闕造成都監を置いて青城伯沈徳符、左僕射金湊、李恬、中枢院学士李稷などを判事に任命して実務を担当、亥山(北岳山)を主山にして壬坐丙向(北北西に座って南南東を見入る)の敷地を取った。もともと太租は高麗時代に南京の離宮(宮井洞一台)を心に描いていたが新しい王朝の湧き出る気勢を受容するにはあまりにも狭いとしてその南方に礎を据えたのである。同年10月都を漢陽に一旦移した太租は首都建設に拍車をかけて、12月3日には宮殿と宗廟の建築行事を山川神に告祀した後昼夜で工事を進めて翌年9月に完工するに至った.名称は<詩経>の君子万年介爾景福と言う句切から取って景福宮と名つけた。宮内に竣成された殿閣は総390余間であった